心は思考、気は物理的なエネルギー、体は肉体です。
不安や葛藤、恐怖や緊張により、思考は断片化して局所に囚われ、エネルギーは滞り、
肉体は萎縮するといった具合に一致しながらストレス状態として顕れ、その状態は、
生命の根元を知覚する力を消耗させ、弱くし、鈍感にします。
思考は気に色、或は濁りを生じさせその伸びを失わせ、体を条件付け、衝突と摩擦を生じます。
思考は消え、それに伴い気は透明に色を失い、全てを貫いて際限無く広がり、体はまるで存在しないかの様に働く、
これが武道に於ける心気体の一致です。
あらゆる技術や教義、体系は前提と予測によって成り立っています。
こう来たらこう、ああ来たらどうといった具合に前提を決め、状況を予測し、思考と認識、
経験に摂り込める様に体系化し、対策、手法を用いる形態です。
これは前提と予測に基づいて条件付けられた‘反応’として表れます。
生雲に於ける実践とは、前提を設けず、予測しない事です。
実践とはあるがままに見、認識する前である今この瞬間に‘気付いている’事。
思考と身体に条件付けられた認識、感覚、勘によって‘反応’するのではなく、あるがままに気付き、
常に認識に変わる前、時間の先に在る事です。
この実践は意図的には生まれず、自然に生じなければならないもので、意図せず意識している状態であり、
努力があっては思考に摩り替わってしまいます。
これが‘実践’される時、あらゆる行動を的確にこなしながら妨げない、独特の静謐と平穏、
冴え渡る感受性が顕れます。
その感受性は見えないものを知覚する‘観る’事を可能にします。
自分の身体や思考、言葉や行動をまるで他人の様に見ている‘それ’に気付く事が実践の要です。
気付くには実践する以外に無く、思弁は無駄の極みです。
生雲の武道稽古は気付きの実践、証明に非常に明快な機会をもたらします。
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