私は文京区で治療所を開業している森です。六十四歳になります。
入門の動機は患者さんの中に、岩城さんという方が身体のケアの為に月に一回来院していました。
岩城さんは色々な格闘技、武術を二十年に亘りやられている専門家でした。
私の治療所は外部からの出入りが多く、物騒な今の御時世、何か危険な事が起きたら自分の身を守る為に
どうしたらいいか時々考えていましたが、どのような方々に聞いても納得のいく答えはなく、とある武術家の方は
「逃げるのが一番良い」と言われました。
腑に落ちない私は岩城さんにその事を尋ねました。
すると、「実際の局面で逃げるというのも難しいでしょう、年齢的にも状況的にも。
例え逃げれる状況でも逃げるべきではない時もある」と言われ、その通りだと思いました。
しかし、私にも暴力を制する様な本物の武道が出来るものか、私はその時六十三歳でした。
しかし「武道の稽古は進むに連れて、肉体的にも精神的にも段々楽なものとなっていきます」
という言葉に感じるところがあり、後日、引き寄せられる様に稽古を見学させてもらいに行きました。
その日の稽古には二十代から三十代位の方々が指導を受けていました。
印象は私が思っていた、想像していたものとは違い、大変緊張感があり、又岩城さんの武道というものを初めて
見せてもらい、武道とは一体なんなんだろう?と思いました。
この時の神秘的で緊張感と凄みに満ちた印象に、(私に出来るだろうか)と不安も感じましたが、
心の中ではメラメラと気力が芽生えるのを感じ、自分を、家族を、大事な人達を護るためにもと思い、入門しました。
稽古当日、若い格闘技出身の人達が三人ほどで稽古していましたが、岩城さんに子供の様にあしらわれていて、
緊張感があり、この頃は非公開の稽古で凄まじく、皆出来る事は何でも試すといった感じで手加減など微塵も無く、
ふと不安にもなりましたが、決めた以上やれる所までやってみようと腹を括りました。
岩城さんは実際の稽古では無理をさせず、かといって甘くはなく、私は身体の中に今までにない充実感を感じました。
今この文章を書いていて一年前の事を思い出すと笑いが止まらず、二年がアッと思うほど早いと感じ、
私も武道に随分馴染んでしまった・・これは凄いぞと思う次第です。
まず変わった事は一つや二つではなく、とても全ては書き表せません。
細胞の一つ一つが変わってきている、良い状態になってきていると感じ、今迄は治療所へ行く時、
毎日十五年間、遠回りして五十分歩くのですが、歩き方がある事を岩城さんに指導されました。
歩くという事もなかなか難しいと感じていましたが、半年もすると五十分かかる道のりは四十二分になり、
疲れる感じがまるでなく、雲の上を歩いている様に思われます。
仕事でも今迄と違い、疲れが非常に少なく、疲れが少ないと患者さんに対する気力が充実し、
治療効果に歴然とした違いを感じる様になりました。
色々な事がありますが、“気力の充実”が顕著で、町を歩いていても一匹のサムライの様に自信に溢れ、
自分の人生がキラキラ輝いている様な気がします。
私は糖尿の数値がやや高いのですが、武道をやり始めて半年でその数値が下がり、これには検査医師もビックリで、
中性脂肪の数値も下がり、肝機能も改善し、酒を飲んでもすぐに醒めますが岩城さんから控える様に言われています。
こんなに身体が、気力が武道で変わってしまうのか、これは一体何なのか、武道とは・・・。
稽古が楽しくて楽しくて仕方なく、稽古の日が来るのが楽しみで仕方がないのです。
稽古中、岩城さんが教えてくれる話は大変面白く、この“生雲”はまさに“岩城流”と言えるもので、
二十年に亘る研究と実践、そして天啓によって作り上げられたものなんだと、つくづく感じます。
この人はこの武道を直接的には誰にも教わっておらず、いつも突然の進境を見せます。
全ての悪い状況に対して対処出来る、最悪の場面をも織り込んだ究極とも思えるもので、
六十四歳の私が若い人達と立ち合っても、一目置かれる事もあるのです。
武道には歳は関係ないもの、言い訳にならないものと実感しています。
金縛りの様になって動けず、汗が滝の様にだらだらと流れて眩暈がし、相手の身体から白い輪が出ていたり、
正眼に構えている相手の身体が剣の中に消え、何度目を凝らしても身体が消えてしまい、
相手の切先は自分の目の前に見えたりします。
こちらの攻撃は全く遠くて届かなかったり、とんでもない方へ逸れたりします。
でも相手は目の前に来てるのです。
こんな事は時代劇の中でしか起きないと思っていましたが、“生雲”においてこれはまだ初歩といってよく、
ある過程でしかありません。
「無敵の状態と最弱の状態は見た目には同じ」という無の先の稽古を体験すると、意識的にせよ無意識にせよ、
こんな事が出来たら強いも弱いも意味が無いと感じます。単純に見えてもとにかく奥が深いのです。
岩城さんは解り易く、解り易く、心から指導してくれています。感謝しています。
ともかく指導がうまいです。
先生とか師範とか呼ばれるのを嫌い、木刀で相手の木刀を断ち切り(刃と刃の部分で当たっているのに)、
よそ見をして説明しながら全力の突きに対して感応し、何でも実践して見せます。
この人は神憑っており、十年以上の付き合いですが私からすると非常に神秘的な存在です。
指導者を望む人達を育て、(私も含む)少しでも早く熟達出来る様、必死で教え、努力しています。
見ていて素晴らしいと思います。私も出来うる限り協力したいと思っています。
又、この武道の一部を護身術として女性に対してもアプローチして欲しいと思います。
この文章を書いている今、夜中の一時です。三十分ほど座禅をして寝ます。
武道の稽古を始めて2年と数ヶ月が過ぎた先日、私は街中で突然の実戦体験をしました。
自転車連れの三人の若者に因縁をつけられ絡まれたのです。
180センチ以上はある体格のいいその中の一人が「おい何だこの野郎」などと殺気立ち、
自転車を降りようとするかしないかの瞬間、私は無意識の内に相手の目の前に入っていたのです。
無の先の稽古でいう無拍子の状態で、何でそうしたのか分かりません。
しかし拍子を抜かれた様に相手は身動きが取れず、残りの二人も全く動けないでいました。
私は全くと言っていいほど恐怖を感じず、とても自由な心持でした。
やろうと思えばどうにでも出来る状態の中に自分がいて、相手の若者は「何かやってるんですか」などと
言い出し、見る見るTシャツが汗でビッショリになっていき、硬直状態になっているのが分かりました。
結果、すっかり意気を削がれた様子の相手と幾つかの言葉を交わし、何事も無く済みました。
自分も相手も怪我をしたり傷付いたりする事無く、遺恨を残す事も無く、私自身恐怖を感じる事も無く、
無意識の内に身を護る事ができた事は私が求めていた事であり、とても感慨深く思っています。
少し前に田村君が殺人未遂を事前に阻止しましたが、その時はカっとなった人が刃物を掴もうとした所を掴む前に制し、
やはり誰も怪我する事無く、又、その現場で普段どおりの心理状態で行動できたのは田村君だけでした。
今にして思うと生雲の武道、岩城さんは色々な意味で本当に凄い事をやっています。
私は職業上様々なジャンルの一流を見てきましたが、そのどれとも違う。
強い弱いの次元ではなく、無敵ではないかと思われるほどの、
日本古来の本物の武道が確かに此処にあるように思います。
「奥義とは神通」と言い、それを疑いようもなく顕わにし、しきたりや作法、型、形式ではなく、
技術ですらない、おそらく最も深い日本文化の本質を岩城さんは実践しています。
岩城さんの指導に従うことで、私自身ここにきて俄かに人に話せない様な多くの神秘体験を経験し、
確信に至り、それによって今まで困難だった治療が可能になるなど、不思議でも疑う余地がないのです。
この、理論や理屈で理解する次元とは明らかに異なる境地を、
私自身これから自分がどこまでいけるのか、とても楽しみです。
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